横浜歴史さろん

コーヒー コーヒー
ヘンテコ建築ビッグ3

お茶でも飲みながら、横浜の歴史を語り合ってみませんか?
ここは、横浜の歴史や文化について気軽にくつろいで楽しめる私たちの”さろん”です。
まずはヴァーチャルな空間で、そして、いつかあなたの顔を見ながらも…。
これからたくさんの面白い情報を載せていきます。

お知らせ

★New「横浜歴史さろん」の弟妹サイト「横浜歴史さんぽ」もご覧ください!

  • イベント情報(Home)および「歴史仲間の予定」(仲間・施設)を更新しました。
  • イベント情報(Home)および「歴史仲間の予定」(仲間・施設)を更新しました。
  • トップ特集「ハマのヘンテコ建築ビッグ3」 掲載しました。
  • 歴史すぽっとページに「泥亀新田」および「大熊弁玉」を掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 歴史すぽっとページに「コバ・テル先生 みなと横浜(Part 2) ~横浜開港:横浜村の変貌にオールコックが驚愕、 とは言え、お粗末な港湾機能の下の荷役作業~」を掲載しました。
  • 「横浜歴史さろん」の弟妹サイト「横浜歴史さんぽ」http://sampo.yokohamasalon.link/に「レトロな鶴見線 京浜工業地帯繁栄の面影」を掲載しました。
  • 仲間・施設ページに「緑区生涯学級『横浜線ものがたり』」の紹介記事を掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 歴史すぽっとページに「神奈川の由来は金川」を掲載しました。
  • トップ特集「横浜 英一番館 幕末にやって来た巨大商社 -ジャーディン・マセソン・ヒストリー、Part3-」掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 歴史すぽっとページに「コバ・テル先生 みなと横浜(Part1)~開港前夜に米国人がみた横浜の風景~」を掲載しました。
  • 歴史すぽっとページに「神奈川でのヘボンの施療」と「江戸時代の刑罰」を 掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 有料会員の期間のうち、半年会員を廃止し、年会員のみに変更しました。
  • トップ特集「横浜 英一番館 幕末にやって来た巨大商社 -ジャーディン・マセソン・ヒストリー、Part2-」掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 仲間・施設ページに「生麦事件参考館」の紹介記事を掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 歴史すぽっとページ「コバ・テル先生のハマ歴ワンポイント」
    横浜の近代都市形成のプランナー・ブラントン(PART II) ―多才な彼は発展途上国日本には打ってつけの人材、その資質の源泉は―掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 歴史すぽっとページに「吉田新田一つ目沼地の難事業‐吉田南家の没落」追加しました。
  • 仲間・施設ページに「ドラマチックな郷土史探究 鶴見歴史の会」の紹介記事を掲載しました。
  • トップ特集「横浜nbsp;英一番館 幕末にやって来た巨大商社 -ジャーディン・マセソン・ヒストリー、Part1-」掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 八聖殿郷土資料館の2017年度歴史講座を掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 「テル先生のハマ歴ワンポイント」始まりました!
    横浜の近代都市形成のプランナー・ブラントン(PART Ⅰ) ―彼が夢見たのは鉄道技師、しかし来日時は灯台技師―
  • 「歴史すぽっと」に6件追加しました。
    ・おもしろプレート(ワシン坂、飯田道、ラインマン)
    ・神奈川落語① 大山詣り
    ・神奈川落語② 三人旅より神奈川宿
    ・神奈川落語③ 新作落語「横浜(はま)の雪
    ・神奈川落語④ 抜け雀
      ・神奈川落語⑤ ミルラー事件関係
  • イベント情報更新しました。
  • 「昔の生活ツール」の年号対照表を見易く作り直しました。お役立てください。
  • イベント情報更新しました。
  • トップ特集「横浜と水の今昔物語」掲載しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 仲間・施設ページに「謎の八聖殿と歴史講座」の紹介記事を掲載しました。
    前回掲載の紹介記事はアーカイブページにて、ご覧になれます。
    スマホ画面でも見やすいように調整しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 会員制スタートしました。
    有料会員による会員交流広場開始しました。
  • イベント情報更新しました。
  • トップ特集「横浜歴史のブラタモリ的地形考察」掲載しました。
    仲間・施設ページに「NPO法人  神奈川区いまむかしガイドの会」の紹介記事を掲載しました。
    前回掲載の特集と紹介記事はアーカイブページにて、ご覧になれます。
  • イベント情報更新しました。
  • 歴史すぽっとページに「ホテルの歴史 in Yokohama」追加しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 歴史すぽっとページに「パンの歴史 in Yokohama」追加しました。
  • イベント情報更新しました。
  • 仲間・施設ページに「神奈川歴遊クラブ」の紹介記事を掲載しました。
  • 横浜歴史さろんホームページ開始しました!

特集  ハマのヘンテコ建築ビッグ3 (スリー)

ジャン・ヨコハマ

ジャン・ヨコハマ

まず初めに「ヘンテコ」は私ジャン・ヨコハマ最高の褒め言葉だということをお断りしておきます。この3つの建築物を最初に目にしたとき、正直「ヘンテコ」だなと思いました。これは近代建築の歴史の流れの中で、本流から逸脱し、異彩を放っている…?! 最初は、見た目の「ヘンテコ」さに引かれたのですが、調べてみると時代や背景に何か共通するものが見えてきました。このビッグ3、いずれも昭和の始めにつくられており、外国のマネではないぞ、といったつくった人の気概も感じられます。でも想像するに、竣工当時に西洋建築を勉強していた若い建築家達には、あまり評価されなかったのではないでしょうか。「ヘンテコ」さにおいて3つの建物は甲乙つけがたく、順位をどうつけるか迷いましたが、年齢順とすることにしました。すると建物の大きさ順にもなったので、自信をもってこの順位でいきましょう。
八聖殿

No.3 八聖殿

基本情報:
現 在  横浜市八聖殿郷土資料館
所在地  中区本牧元町386
構 造  SRC造2階・地下1階・鐘楼付
設計者  大林組(山田守)
竣 工  昭和8(1933)年

本牧の丘の急坂を登ると忽然とその建物は現れます。本牧の海が現在のように埋立られていない時代は、断崖から海が見渡せる絶景の地だったことでしょう。交通アクセスの不便さもあり、横浜市民でも八聖殿の存在を知らない人が多くいます。二階建ての大きな八角形の上部には、これも大きな鐘楼でしょうかギボシ(擬宝珠)でしょうか、が鎮座した建物は、始めて見る誰もを「なんじゃこれは!」と驚かせるに十分な外観をしています。

安達謙蔵氏胸像
安達謙蔵氏胸像

創建者の安達謙蔵氏によると、八聖殿は法隆寺の夢殿を模したそうです。大きさは夢殿の4倍ほどで、観る人を圧倒します。八角形の建物が珍しいこともあって、夢殿→八聖殿→武道館へと連なると説く人もいるようですが、こじつけのような気もします。安達謙蔵氏(1864-1948)は、熊本出身で元豪商にして政治家で逓信・内務大臣を務めたかたですが、この建物は安達氏が国民の精神修養の場として建造されたそうです。

なお、外国にも八角形の建造物はあります。

世界の八角形建造物ビッグ3(年齢順)
① 岩のドーム (エルサレム・7世紀) 宗教施設
② アーヘンの大聖堂 ( ドイツ・8世紀) 宗教施設
③ カステル・デル・モンテ (イタリア・13世紀) 城塞

八聖人
聖観世音像
聖観世音像

外観でビックリして建物の中に入ると、またビックリします。かつては1階は安達氏の別荘として使用され、2階が精神修養道場となっていました。今も、2階のホールの舞台の上には、当時のまま、等身大の八聖人の立像が一列に並んで祀られています。八聖人とは、左からキリスト、ソクラテス、孔子、釈迦、聖徳太子、弘法大師、親鸞、日蓮で、その選者は安達氏と親交のあった徳富蘇峰とで選んだという説もあります。外国人4人、日本人4人とバランスを取っている以外は、選定の基準はまるで判りません。彫像はいずれも当時は著名な彫刻家たちにより制作されました。また、八聖人の真ん中の鏡と頭上の模様は、肖像にできない天皇とマホメッドを暗示していると解釈されているそうです。また、八聖人に向かって左脇の下には閉園になった花月園(鶴見)から移された聖観世音(しょうかんぜおん)像が安置されています。

安達氏は戦後公職追放された後、失意のまま昭和23(1948)年に郷里の熊本で83歳で死去されました。八聖殿は昭和12(1937)年に安達氏から横浜市に寄贈された後、昭和48(1973)年に「横浜市八聖殿郷土資料館」として郷土民具の展示や講堂での歴史講座などに活用されて現在に至っています。

◎八聖殿に関する詳しい内容は「アーカイブ」ページに収納されている「謎の八聖殿と歴史講座」(仲間・施設の記事、2016年11月20日掲載)の記事をご参照ください。

大倉山記念館

No.2 大倉精神文化研究所

  基本情報:
  現 在  横浜市大倉山記念館
  所在地  港北区大倉山706
  構 造  RSC造3階
  設計者  長野宇平治
  竣 工  昭和7(1932)年
  市指定文化財(平成3年11月)

八聖殿と同様に、急坂を登った丘の頂上にある大倉山記念館ですが、こちらは東急大倉山駅からすぐ近くの場所にあり、観梅の名所でもあることから、八聖殿に比べれば格段に知名度は高いと思います。

玄関・階段
玄関を入ると荘厳な雰囲気、階段がホールへの扉へと

大倉精神文化研究所は「東西両洋における精神文化および地域における歴史・文化に関する科学的研究および普及活動を行い、国民の知性および道義の高揚を図ることにより、心豊かな国民生活の実現に資し、もって日本文化の振興および世界の文化の進展に寄与する」目的で設立されました。設立者は佐賀県出身の実業家(紙問屋)で後に東洋大学学長を務めた大倉邦彦氏(1882-1971)です。

吹き抜け
吹き抜けの上部には獅子と鷲、黄色いステンドグラスがお洒落

建物は研究所の本館として長野宇平治氏(1867-1937)の設計により創建されました。設計者本人が「プレ・ヘレニック様式」と命名したこの建物もかなり「ヘンテコ」です。流行の古典主義建築が求めた古代ギリシャ建築よりさらに古い、クレタやミケーネ文明の様式を取り入れたそうです。長野氏は過去にこの様式の建築をしておらず、この建物が長野氏最後の作品となったため、世界中でただ一つのプレ・ヘレニック様式となりました。それでも「様式」と呼ぶのでしょうか? プレ・ヘレニック様式の柱は下が細くなっていて、正面玄関の柱がそうなっているとの説明文がありましたので、今度行かれた時にはよく見てください。
 なお、開所式での大倉氏の挨拶ではこの建物に関する言葉は一切聞かれなかったそうで、設立者の大倉氏がこの建物をどう思っていたのかは、謎のままです。

ホール内
教会の内部を思わせるホール

大倉山という地名の誕生

 記念館のある舌状台地上からは弥生時代の遺跡が見つかっています。元々この地域は太尾(ふとお)と呼ばれていました。舌状台地が太い尾のように伸びる地形が地名の由来のようです。
 大正15(1926)年に東京横浜電鉄(現、東急東横線)が開通すると、「太尾駅」として開業します。昭和7(1932)年に大倉精神文化研究所がこの地に建設され、同時期に渋谷-桜木町間を開通させた東急は駅名を「大倉山駅」に変更します。「大倉山」の地名の誕生です。 ただし、「太尾町」から「大倉山」への町名変更はすっと後の平成19(2007)年になってからです。

装飾1
装飾2

これがプレ・ヘレニックのデザインとか

大倉邦彦氏
大倉邦彦氏
座禅
座禅修行の様子
梅林
大倉山公園の梅林
曼荼羅図

日本精神文化曼荼羅図  
ここにも八聖殿の八聖人にも匹敵する豪華メンバーが描かれています。大倉氏が創案し、仏教学者の辻善之助氏と選定、日本画家の井村芳外が描いた約2.4m四方の大きな絵が今も図書館閲覧室に掲げられています。
 聖徳太子を中心に、右上から時計回りに空海(弘法大師)、栄西 親鸞日蓮、北畠親房、道元、法然、菅原道真、西澄です。曼荼羅の四隅には持国天、増長天、広目天、毘沙門天です。 (アンダーラインは八聖人のメンバーでもある)

 凡人の私にはまったく理解不能。安達謙蔵氏と大倉邦彦氏をお呼びして、同時インタビューしたかった。

戦後、精神文化研究所はGHQにより活動停止を命ぜられ解散させられます。昭和20年に大倉氏はA級戦犯の容疑で巣鴨プリズンに収監されますが、2年後に無罪釈放されて昭和27年には活動に復帰します。 大倉氏の死後の昭和56(1981)年に土地を横浜市が買い取り、建物は寄贈を受けて、昭和59(1984)年に「横浜市大倉山記念館」として開設、イベントや文化活動の拠点として活用されています。

県庁

No.1 神奈川県庁本庁舎

基本情報:
  所在地  中区日本大通1
  構 造  RSC造5階・地下1階・塔屋9階
  設 計  神奈川県庁(原案:小尾嘉郎)
  竣 工  昭和3(1928)年
  愛 称  キングの塔
  国登録文化財(平成8年12月)

横浜が誇る「横浜三塔」のキングを「ヘンテコ」とは何だとお叱りを受けそうですが、改めて見直してみてもやっぱり「ヘンテコ」です。洋風建築の上に何故か和風の塔が乗っているのです。塔の高さもやたらに高くて、見る角度によっては極めてバランスが悪いのです。ところがこの後、洋風建築に和物が乗るという発想の建築物が各地に出現することになります。神奈川県庁舎はその先陣をきったのです。これらの建築物を総じて「帝冠様式」と一般には呼ばれていますが、私の尊敬する某先生が「帝冠様式なんて様式はない」とおっしゃるので、私も使いません。確かに様式はおかしいかも知れません。言うなら帝冠主義でしょうか。

県庁
陶製の照明
1階にある陶製の照明

発想が似た主な建築
  ① 名古屋市役所(1930年竣工)
  ② 京都市美術館(1930年竣工)
  ③ 九段会館(1930年竣工)
  ④ 愛知県庁舎(1931年竣工)

どうもこの発想は当時の全国のお役人に好まれたようです。西洋に対する劣等感の裏返しのようのような気もしますし、それとも西洋なんかには負けないぞとの意気込みとも感じられます。
 なお、帝冠様式を軍国主義と結びつける考え方もあるようですが、日本軍の建造物には採用されていないので、多分、当時の流行りと考えた方が良さそうです。

県庁屋上
県庁の屋上からの眺め

県庁内部の装飾は当時の技術の粋を集めているので、ぜひボランティアガイドさんにそれぞれの説明をしてもらいながら、見学されることをお勧めします。 県庁舎は平日8:30~17:15の間は誰でも入館でき、資料展示室の見学と屋上に出ることができます。屋上は絶好のお奨め無料観光スポットで、横浜港を一望できます。従来は第3日曜日が庁舎の公開日で、資料展示室と屋上だけでなく知事室や旧貴賓室、旧議場などを見学できましたが、現在は工事の関係で中止されています。なお、不定期で公開することがあるので、ホームページなどでチェックしてみては如何でしょうか。

現代も頑張るビッグ3

昭和の始めに建設され、戦争へと向かう時代も見つめてきたハマのヘンテコ建築ビッグ3たちも、80年以上の年月を経て、現在の平和な時代でそれぞれ頑張っています。皆さんも時々は彼らに逢いに行ってあげてください。もう二度と新しい「ヘンテコ」な建築物が出現するような時代にならないことを願いつつ。

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