横浜歴史さろん

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神奈川落語⑤ ミルラー事件関係

芝居や講談のもとになった、実際に横浜で起こった事件にちなんだものを紹介する。

「内地雑居最初犯罪 ミルラー事件」(1899(明治32)年刊行)の挿絵

1894(明治27)年、陸奥宗光(第二次伊藤内閣外相)が、領事裁判権の撤廃と関税自主権の一部回復を含む日英通商航海条約を締結、他14か国とも同様の条約を調印。

1899(明治32)年7月17日未明、居留地133番館(現在の関帝廟通りなかほど)、居酒屋「ライジング・サン」で、アメリカ人脱走水兵のロバート・ミルラー(49)が平素通い馴れた居留地のチャブ屋(外国人向けの料理店、チャブとは、卓袱の中国語読み、zhuōfù ツォフから)の肉感的なチャブ屋女、鈴木お秋のもとに前夜から来遊していた同国人ネルソン・ウォードへの嫉妬、恨みから、鉄槌を揮って主婦(女将)なる外岡末(そとおかすえ)ら3人を惨殺した事件。この事件は、実に、条約改正当日に起こった事件だった。

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