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熊谷伊助① 曽祖父がペリーにもらった本人の写真

この記事は、関写協機関誌 No.50・1997・7月号に掲載されたものです。「関写協」は関東写真館協会のことで、協会は、発足して60年を越える関東一都六県で構成される「街の写真館」の団体です。記事の著作権をお持ちの熊谷美波氏(故・熊谷守美氏のご息女で、藤沢にある片瀬写真館の三代目)より、許可を得て転載しています。ご親戚で、横浜歴史さろん会員の熊谷明子様より情報提供していただきました。スペースの都合上、レイアウトは変更、また読みやすくするために、ふりがなの追加、行換え・段落のとり方の変更、多少の補足などしました。(Toshiko)

曽祖父がペリーにもらった本人の写真
軍服の正装が自慢の家宝

神奈川・藤沢 熊谷守美

ここに同じような二枚の写真がある。被写体は皆さんよくご存知のように徳川300年の鎖国政策を打ち破り、わが日本を開国に導き、今日の繁栄の基礎を築いた亜米利加合衆国の水師提督ペリー。左側は私が物心ついた昭和初期以前より国定教科書をはじめ、あらゆる書籍から今日の TV などに至るまで一般に使用されているもの。右側は私の曽祖父熊谷伊助が嘉永 6年(1853)ペリー来航の折り、井伊大老との間に通訳として活躍し、ペリーより名刺代わりに直接受け取った自筆のCom, m, c. Perryのサイン入りのもの。当家の家宝として代々受け継ぎ、私の手もとに所蔵している。

同じ原画のように見えるが、よく見ると、左側のものはダブルの軍服のボタンが全部かかっているのに対し、私の所蔵しているものは、右の一番下のボタンがはずしてある。近くにお住まいだった元駐米大使をなさった方などいろいろ伺ったところ、これが正装とのこと。 一般に使用されている写真は、その昔、他家より拝借したものを出版に際し、役所で複写、修整し、事情も知らず気をきかせたつもりで、誤ってボタンを付け加えてしまったものと思われる。撮影は台紙にもあるようにBRADY PHOTO NEWYORKとあり、当時から文人や知名人などを多く撮影した由緒ある写真館である。

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