横浜歴史さろん

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よこはま歴史仲間

大都市横浜には、郷土の歴史や文化について調査・研究している団体や、自主的に勉強しているグループがたくさんあるそうです。このページでは、そうしたお仲間の紹介や利用できる有益な施設の情報などを順次提供しています。

これまでにご紹介した団体、施設等の記事は「アーカイブ」にてご覧になれます。

横浜の歴史に関係する活動を行っているユニークなグループ、利用可の知られざる施設・建物などがあれば、紹介させていただきますので、ご連絡ください。
  rekishi@yokohamasalon.link

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★紹介コーナー No.10

アカデミックでチャレンジングな「横浜黒船研究会」

以前から「黒船研究会」なる興味深い名称の会があると聞いていましたが、たまたま知り合いの方がその会員であると知り、当サイトの特集で「開国日本と横浜 ―黒船に乗ってペリーがやって来た!―」を掲載していることもあり、今回、是非とも黒船研究会を紹介させていただきたいとお願いしました。今津浩一代表と村上隆事務局長にお話を伺うことができました。(取材・文 渡辺登志子)

アカデミックな研究発表

「横浜黒船研究会」は16年前の2002年に設立された。8月を除く毎月第2日曜日に行われている定例会(=研究発表会)は11月11日で165回にもなっている。会の趣旨は、「幕末から明治を対象とし、ペリー来航を中心とする、神奈川一円を舞台とした対外交渉史・文化交流史、並びにそれらが当該地域社会に及ぼした影響・特色ある文化を形成した足跡について研究すると共に、それらの現在、未来との関係のあり方を研究する。」とのことである。これまでの主に会員による研究発表の内容は多岐にわたり様々であるが、簡単に言うと、黒船来航の関連文書を解析、歴史をなぞって現在を分析、また黒船の構造や当時の武器などの研究も含まれているようだ。(直近20回の題目を下方に掲載したので参照ください)

第145回

2017年1月8日、第145回定例会、中島三郎助の子孫の中島恒英氏の発表
「沼津市戸田造船郷土資料博物館訪問記」(内容は下方の表の中に掲載)

会員はプロの研究者ではないものの、限りなくそれに近く、大変アカデミックな集まりである。現在、会員数70~80名、定例会参加者20~40名とのことであるが、会員主体は、日本の高度成長期を支えた大企業のOBたちのようだ。さらに、幕末・維新期に活躍した中島三郎助や榎本武揚の子孫の方も会員で研究発表されているのには驚かされる。約2時間の発表の後、質疑応答があり、活発な議論が交わされる。

始まりは私設の「横浜黒船館」

幕末、横浜開港にあたり、全国各藩から多くの藩士がやって来た。「横浜黒船館」の館長であり、今年の9月までの16年間、横浜黒船研究会の代表を務められた羽田壽夫氏の曾祖父羽田好昌氏(越後の椎谷藩)も海岸防備のため江戸に赴任し、横浜にも来訪したとのことである。羽田壽夫氏は昭和47(1972)年に横浜に移住したが、以来、曾祖父のこの横浜との繋がりから、自宅の書斎を「横浜黒船館」と名付け、瓦版・浮世絵など当時の原史料を蒐集して、幕末から明治にかけての横浜の歴史を研究されてきたそうだ。「黒船館」という名称では、新潟県柏崎市にすでに存在していた(1995年に地元の方の蒐集品が展示され、有料で公開されている)ので、こちらは「横浜黒船館」としたとのことである。
 そして、羽田氏が会社や大学の知人・友人に声をかけて有志が集まり始まったのが「横浜黒船研究会」だそうだ。この会社とは、「横浜船渠」という明治時代に作られた造船所を合併した三菱重工業であり、大学のつながりでは、「銀杏会」で知られる東京大学の同窓生たちのようだ。近年では、そうしたこととは関係なく様々な人たちが参加し横浜黒船研究会の活動が続いている。
 これまでで最大のイベントとして、平成21(2009)年5月17日に、「横浜開港の世界史的意義」-なぜ植民地化を免れたか?-と題する横浜開港150周年記念シンポジウムが横浜開港記念館で行われた。その案内の冊子を拝見したが、写真が盛り沢山の豪華版で、シンポジウムの内容も横浜学では著名な横浜市立大学の加藤祐三教授が基調講演を行い、その他の講演、パネルディスカッションや演奏会まであり、一日がかりのゴージャスなものだった。会員の寄付によって実現したとのことだが、さすが大企業のOBたちの資力と人脈と覇気が感じられるものだ。

「誇り」を取り戻すというチャレンジングな方針

今期から新たに代表となられた今津氏は、以前から大砲の研究をされていたそうで、インターネットで活動開始間もなかった「横浜黒船研究会」を探しあて入会したとのこと。「大砲の歴史」という訳書のほか、「ペリー提督の機密報告書」「ペリー提督と開国条約」という立派な本を執筆・出版されている。(画像と内容は右欄、スマホでは最後尾に掲載)アメリカのペリーの生誕地(ロードアイランド州)で勤務していたことがあって、現地でペリーに関する原資料(1次資料)を集めることができたそうだ。
 今津代表は就任挨拶では次のように述べられた。「(抜粋)学校で学ぶことのなかった、日本近代史・現代史を見直し、日本人に『誇り』を取り戻すことを精神的な目標に掲げたい。ペリー来航の時にも、日本人は『誇り』を大そう傷つけられ、『屈辱』を感じた。それからの歴史は、この『屈辱』をはらすことであったと思う。ここで、改めて、ペリー来航以来の歴史を振り返り、戦後の歴史と比較して、『日本の未来のあり方』を模索したい。この会の伝統となっている『自由闊達』をモットーに、楽しい集まりにしてゆきたい。」
 教科書には日本の近代史・現代史が殆ど語られていないから、知識が乏しく、中国や韓国の人々から議論を挑まれても殆ど応えることができないでいるのが現在の日本に生きる我々であるという。そういう意味で言えば、この会での研究発表を通じて学び、知識を得、見識を高めていくことは、非常にチャレンジングなことと言えよう。

黒船研究会からのメッセージ

発表者を歓迎します。定例研究発表会は原則として毎月第二日曜日(14:00~17:00)、主として横浜市開港記念会館で開催します。資料は発表者がコピーを持参していただきます。趣味の会ですから広く発表者を歓迎します。数ヶ月先まで受け付けますので、ご連絡ください。」
 直近の第165回に参加させていただいたが、OB紳士たちと歴史大好きの女性たちが並び、知を探求するアカデミックな雰囲気が漂っていた。情報を交換し、議論を深めてゆくことを通して、歴史から学び、深く考えたい人にとっては最高の場であると確信した。

興味を惹かれるこれまでの発表内容

横浜黒船研究会のホームページからこれまでの発表内容をひろってみた(発表者の役職などは当時のもの)。どれも歴史好きなら聞いてみたいものばかりではないだろうか。レジメも見られ、最近のものは音声ファイルでも聞けるが、サイトの構成が少しわかりにくいので、近い将来、サイトを刷新して、より見やすく、検索しやすくしてゆくそうだ。
横浜黒船研究会 http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Suzuran/5198/yotei/index.html

回数 実施日 タイトル・内容 発表者
第165回
2018年
11.11 無人島発見から小笠原島の回収、開発 ―幕府による開発と八丈島の移民史― 對馬秀子(会員)、日本島嶼学
第164回 10.14 中国の一帯一路政策 藤田雅弘(会員)
第163回 9.9 ペリー艦隊の航海日誌 奥津弘高(会員)
第162回 7.8 三浦按針(ウイリアム アダムス)の足跡 日景洋一(会員)
第161回 6.10 「明王朝永楽帝・鄭和の遠征」と「中国の一帯一路政策」 藤田雅弘(会員)
第160回 5.13 明治維新と南北戦争 浅井壮一郎(会員)
第159回 4.8 黒船来航!-日本の対外政策はどうするべきか? -その3 阿部正弘は大名たちに外交政策を諮問したのはなぜか、と、「逷蛮彙議(てきばんいぎ)」(各大名の上申書)が幕府の対米政策へ与えた影響 今津浩一(会員・代表代行)
第158回 3.11 黒船来航!-日本の対外政策はどうするべきか?-その2 「逷蛮彙議(てきばんいぎ)」 と、その分析結果 今津浩一
第157回 2.11 中島家ファミリーヒストリー(中島三郎助のご子孫として) 中島恒英(中島三郎助曾孫)
第156回 1.14 「ええじゃないか騒動」は竜巻が起こした 高橋有仁
第155回
2017年
12.10 黒船来航!-日本の対外政策はどうするべきか?- 今津浩一
第154回 11.12 明治維新とは何だったのか(その3)」―世界史における明治維新に関する一考察― 西村俊昭(会員)
第153回 10.8 ペリー来航から明治維新にかけて、列強諸国(英仏露米)が関わった戦争と紛争 加藤昌二(会員)
第152回 9.10 明治維新の地租改正から日本財政の変遷と日本国債のゆくえ(その2) 村上隆(会員)
第151回 7.9 羽田家 家襲刀剣五種の紹介 羽田壽夫 代表
第150回 6.11 ドイツ人記者が会った榎本農商務大臣 中山昇一(会員)
第149回 5.14 明治維新の地租改正と現況の日本財政(日本国債のゆくえ) 村上隆(会員)
第148回 4.9 飢餓と戦争 江戸時代の飢饉と社会変動
(財団法人フィリピン協会監事 古代史教養講座理事 NPO法人国債資源活用)
浅井壮一郎氏
第147回 3.12 砂村新左衛門が開発した新田とその経営のその後 溝手正儀(会員)
第146回 2.12 中国の「華夷思想」と「AIIB」・「一帯一路政策」 藤田雅弘(会員)
第145回 1.8 沼津市戸田造船郷土資料博物館訪問記 中島恒英(会員)
嘉永6年(1853年)6月のペリー来航により幕府は9月に大船建造禁止令を解き浦賀に於いて中島三郎助を中心に“鳳凰丸”の建造が始まり翌年5月にわずか8ヶ月で完成させた。 嘉永7年(1854年)日米和親条約が結ばれると、ロシアのプチャーチン一行が下田に来航し日露交渉が始まり、直後に安政の大地震に見舞われ津波被害でロシアは軍艦ディアナ号を失った。プチャーチンは幕府から帰国用に代船許可を得てロシア人の指導と戸田の船大工の協力によって安政2年(1855年)に本格的洋式帆船”ヘダ号“が完成した。鳳凰丸の建造に携わった中島三郎助は洋式帆船視察の命を受けて戸田を訪問し“南豆紀行”を残している。 今回は幕末に洋式帆船“ヘダ号”の建造の地、戸田の“戸田造船郷土資料博物館”を訪問し時代背景、関連人物とその後の日本に於ける造船に対する貢献を考えてみた。
第144回
2016年
12.11 ペリーの白旗書簡…偽文書説を検証する 溝手正儀(会員)

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