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有隣堂(第四有隣堂) (伊勢佐木町、1894〜、1920年から(株)有隣堂本店)

店名の「有隣」とは、孔子の「論語・里仁編」にある「徳は孤ならず必ず隣有り」から来ていて、「徳のある人の周りに人が集まって来る」という意味だそうだ。 1894(明治27)年に、大野貞造が、吉田町1-5に(第一)有隣堂を開業。1900(明治33)年頃に、前澤鐘太郎(姉の夫)が、吉田町1-9に、第二有隣堂を、辰造(弟)が、1905(明治38)年に、神奈川町に第三有隣堂を、1909(明治42)年12月13日、伊勢佐木町1-7に、松信大助(末弟)が第四有隣堂を開業した。

しかし、1913(大正2)年、福富町から出火した火事で第一有隣堂は、焼失。1918(大正7)年に、店主貞造が死去。その後、1920(大正9)年、第一、第四有隣堂が合併し、株式会社有隣堂となった。なお、有隣堂からのれん分けして開業した書店は、有隣堂の名を冠する第九までの他、数店あったが、現存するのは、藤棚の第七有隣堂と鶴見中央の秋山書店のみ、両店とも現在は、有隣堂とは、資本的なつながりはない。かつて尾上町にあった第八有隣堂の店主は、のち横浜商工会議所の会頭として活躍した故・上野豊氏だったという。

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