横浜歴史さろん

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劇場小史 in Yokohama  (中区、1859年~、横浜の劇場)

横浜にあった劇場(芝居小屋)は、ほとんどが娯楽の街、伊勢佐木町近辺に集中している。その昔は、人気役者の名前を記した幟旗が林立し、呼び込みの声が響き、大変な活況を呈していたが、関東大震災や空襲で多くが焼失し、廃座となり、その後は映画館になったものもあるが、その映画館も今ではなくなっている。横浜にあった劇場の主なものを年代順に追ってみる。

いくつかの劇場の写真は弟妹サイト「横浜歴史さんぽ」「伊勢ブラ 伊勢佐木町界隈の昔を偲ぶ」に掲載されていますので、ご参照ください。

下田座(中区北仲通り) 横浜の芝居小屋は、茶屋(現在の神奈川区)をやっていた下田屋文吉が、1859(安政6)年に現在の中区北仲通りの商工中金の所に下田座を建てたことに始まる。

羽衣座(中区羽衣町) 下田座が、1883(明治16)年、住吉町(馬車道通り)の寄席佐野松を吸収し、羽衣町に移転し、羽衣座となった。厳島神社(弁天社)の隣にあったという。

ゲーテ座(中区本町通り) 1873(明治6)年、オランダ人M.J.B.ノルトフーク・へフトが本町通りに、外国人のための劇場、ゲーテ座を建てた。同座は、1885(明治18)年に山手の丘に移った。「ハムレット」「サロメ」といった劇が上演された。1923(大正12)年の震災で倒壊した。現在は、岩崎ミュージアムとなっている。

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