横浜歴史さろん

コーヒー コーヒー
仲間情報用画像

よこはま歴史仲間

大都市横浜には、郷土の歴史や文化について調査・研究している団体や、自主的に勉強しているグループがたくさんあるそうです。このページでは、そうしたお仲間の紹介や利用できる有益な施設の情報などを順次提供しています。

これまでにご紹介した団体、施設等の記事は「アーカイブ」にてご覧になれます。

横浜の歴史に関係する活動を行っているユニークなグループ、利用可の知られざる施設・建物などがあれば、紹介させていただきますので、ご連絡ください。
  rekishi@yokohamasalon.link

#####################################
★紹介コーナー No.13

磯子森地域に残る古文書を読み、郷土の歴史を学び伝える「火曜古文書会」

コロナの影響で長らく取材ができずにいましたが、ようやく利用施設が再開され、仲間グループの活動も復活しつつあります。先回に続き、古文書を読むグループを訪問しました。初の磯子区です。(取材/文:渡辺登志子)

火曜古文書会のチラシ

「地元の文書(もんじょ)を読みたい!」

「火曜古文書会」はその名の通り、毎月第2・第4火曜日10:00~12:00に、磯子地域ケアプラザで古文書を読んでいるグループである。磯子区には古文書を読む会がいくつかあった(今もある)が、「火曜古文書会」という名称では平成17(2005)年11月に始まった。設立の一番の目的は、磯子関係の近世文書を解読し、その背景・歴史・村落の様子・人間関係など当時の磯子を立体的・総合的に再現することにあるという。生涯学習講座等で学んでいたときは講師が教えやすい古文書が教材となっていた。それを卒業した人たちで、かつ、「地元の文書を自分たちで読みたい!」と強く願う人たちがこの会を始めたという。
 現在会員は10名、平均年齢は70歳前半(下は50代、上は80代)。コロナによる休館後、施設が再開すると全員がマスクをして出席、以前と変わらず元気に活動している。
 横浜開港期の歴史において、磯子区出身で有名なのは日本で初めて石鹸をつくったといわれている磯子村の堤磯右衛門だが、その堤家の文書は他の古文書の会が解読していることもあり、火曜古文書会では、森公田村(もりくでんむら)の斎藤清四郎家文書に取り組むことになった。

磯子区と森公田村

斉藤家文書

磯子区は、横浜市の南東部に位置し、根岸湾に面した平地と円海山をはじめとする丘陵地からなっている。昭和2(1927)年第三次横浜市域拡張により誕生した横浜市の中でも最も古い区の一つである。
 森公田村は、現在の磯子区森1~3丁目辺りで、京急屏風浦駅から海岸方面へ向かう一帯である。ここでは江戸時代には浜田家と斎藤家が村役人を務めた。
 『新編武蔵風土記稿』によれば、「巽(南東)の海浜にあり、東海道保土谷宿より已午(南)の方二里半余、江戸日本橋より行程十一里余を隔つ、昔は當村及び森中原・森雑色の三村を合て森村と号す」とある。

斎藤家について

斎藤家は、江戸時代には組頭などの村役人を務め、明治2(1869)年には、当主清右衛門が浜田与兵衛から名主を引き継ぎ、年番名主を務めた。(1年交代で名主を務める)
 また、江戸時代後期から廻船業に携わり、幕末から明治初期にかけての経営は活発で、近隣各地からの年貢米の江戸への運送、近郷村々の山の木の伐採を請け負い、切り出した薪を煮焚き用燃料として江戸の薪問屋へ運び販売した。当然、開港後には開港場横浜へも販売した。江戸への物資を回漕した折には、諸々の情報、江戸の大火などのニュースを村へ持ち帰っている。
 また明治期には村会議員を務め、村の有力者と協力し、森中原学校(現横浜市立杉田小学校)の設立にも尽力した。

活発な会の活動

集まりの様子

2020年8月25日の会の様子。コロナの影響で、
皆で向き合うような机の配置ができなくなった。

会発足当時は斎藤家の文書のなかから適当に選んで読んでいたが、本格的に斎藤家文書に取り組もうとなったのは、横浜開港資料館が横浜郷土史団体連絡協議会に加盟する団体と協働して「地域資料を読む」シリーズの刊行をおこなったことにある。磯子区では、火曜古文書会を中心に、磯子古文書の会、養生訓を読む会、古文書一九会の四団体により、「【地域資料を読む 6】武蔵国久良岐郡森公田村(横浜市磯子区)浜田家・斎藤家文書」がつくられ、平成23(2011)年に発行された。これがきっかけとなり、以降、斎藤家文書を状、冊、横帳の順で、明治4年までの文書すべてを解読し、それを冊子に掲載・刊行して残していこうという方向に定まった。

会では、読む順番などは事前に何も決めておらず、その時に読みたい人が手をあげて読むという方式をとっている。 正式な開始時間の30分前に予習したい人だけ集まって、下読みをしているので、初心者や自信がない人でも不安がなくなり、本番でもはりきって手をあげられる。疑問点や、調べてきたことなど随時、途中でも質問・披露をし、自分で調べてきたことについてプリントを配る人もいる。全員とメールでやりとりができるので、翻刻の校正や資料配布などもメール添付でもできるので効率がよいという。
 冊子発行に向けては、解読した文書の解説や注釈を掲載できるように、歴史背景などを各自で調査研究し、発表を行っている。特に、冊子制作での原稿作成や編集に関しては、PCに精通した一会員の尽力に依るところが多く、わかりやすい冊子づくりへの貢献度は多大であるとの賞賛の声がある。

これまでの活動成果

  • 平成23年(2011)年12月、「地域資料を読む6『武蔵国久良岐郡森公田村 浜田家・斎藤家文書』(編集:火曜古文書会、協力:磯子古文書の会・養生訓を読む会・古文書一九会)、発行:横浜開港資料館」」出版
  • 平成28(2016)年4月、「斎藤清四郎家文書を読む 第一集」発行
  • 同年8月、東京新聞横浜版に活動紹介記事掲載
  • 平成29(2017)年1月、「斎藤清四郎家文書を読む 第二集」発行
  • 平成30(2018)年5月、「斎藤清四郎家文書を読む 第三集」発行
  • 令和元(2019)年6月、「斎藤清四郎家文書を読む 第四集」発行
  • 令和2(2020)年6月、「斎藤清四郎家文書を読む 第五集」発行
  • 毎年いそご区民活動支援センターなどが開催するパネル展に参加し、活動を広く知ってもらえるよう広報も行っている(今年は新型コロナウイルスの影響で中止)。

火曜古文書会がめざすこと

「火曜古文書会」は、古文書の学習を通じて、地域の人々の交流や情報交換をはかることをめざしている。メンバー間の交流を深めるため、会食なども開催。また、冊子を発行することで、未来の研究者の役に立つこともあるだろうという思いで解読・冊子化を行っている。
 新規会員は歓迎。ただし、現在は新型コロナウイルスの影響で会場として使用している施設の定員が通常の半分となり、人数をなかなか増やせない状況である。

参考資料:「【地域資料を読む6】『武蔵国久良岐郡森公田村 浜田家・斎藤家文書』(編集:火曜古文書会、協力:磯子古文書の会・養生訓を読む会・古文書一九会)、発行:横浜開港資料館」

取材者より:膨大な斎藤家文書(明治4年まで)の全解読はまだまだ続きそうですが、すでに、状、冊は終了し、残すは横帳の交通と私文書となり、そろそろ出口が見え始めているように見えます。何もしなければ、そのままでは読めない昔の文字のままですが、そののち、誰かが何かを調べようとしたときに、活字になっていれば、どれだけ役に立つか計り知れません。また、こうしたものを作る過程が、地域の人的交流、歴史伝承の担い手、そして郷土愛を育成しているにほかならず、とても大事なことだと思いました。

トップへ戻る