横浜歴史さろん

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よこはま歴史仲間

大都市横浜には、郷土の歴史や文化について調査・研究している団体や、自主的に勉強しているグループがたくさんあるそうです。このページでは、そうしたお仲間の紹介や利用できる有益な施設の情報などを順次提供しています。

これまでにご紹介した団体、施設等の記事は「アーカイブ」にてご覧になれます。

横浜の歴史に関係する活動を行っているユニークなグループ、利用可の知られざる施設・建物などがあれば、紹介させていただきますので、ご連絡ください。
  rekishi@yokohamasalon.link

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★紹介コーナー No.16

元祖「まち歩きガイド」、NPO法人横浜シティガイド協会

横浜シティガイド協会は、市内を中心とした地域を案内するガイドたちの団体です。まち歩きのボランティアガイドは今ではいろいろな所で見かけるようになりましたが、この始まりが横浜シティガイド協会と言っても過言ではありません。これまで延べ18万人以上(過去27年間)にガイドをしてきました。
 その受付デスクは、横浜のシンボル・横浜マリンタワー内ですが、マリンタワーは只今改修工事中となっています。現在のデスク、元町にあるマンションの一室を訪問し、会長の玉田三輪子さん、副会長の大村健さん、理事の嶋田昌子さんにお話を伺いました。(取材/文:渡辺登志子)

1.理念は「学んだことを地域に還元する」ということ

平成31年3月に行われた市民講座“横浜港をつくった人々”

今から約30年くらい前、社会教育が生涯学習へと変わり、市民に学びの場が多く提供されるようになった。当時は女性がその対象者だった。しかし、学ぶばかりで、獲得した知識を生かす場は殆どなかった。社会教育指導員として行政の世界での勤務経験のあった嶋田昌子さんは、学んだものをそれぞれの地域へ還元できないか、その実行のために必要な資金調達、人材育成、施設確保などは行政のシステムの中で実現できないかと考えた。そして、親交のあった各分野の強者たち ― 横浜の歴史通、行政経験者、生涯学習のリーダー、物書きなど、7人が結集した。『七人の侍』と称し、それが横浜シティガイド協会の母体となり会が発足した。平成4年(1992)8月のことである。現会長の玉田さんは、当時は若手のフリーの記者で、ライターとしての腕を買われて発起人の一人となった。
 長年横浜に住んでいて、なんとなく横浜は知っているつもりでも、横浜の歴史・文化について語れる人は案外少ない。開国日本の本格的な第一歩は何と言っても、「横浜開港」(1859年)。当時の列強世界が開いたばかりの日本の玄関・横浜に押し寄せた。新しい先進的な制度、文化、建物などがまず始めに横浜にもたらされ、良くも悪くも横浜は激動の大変貌を遂げていった。その影響の延長線上に現在の横浜があり、学ぶべきことがたくさん詰まっている。

2.ガイドという概念がなかった

大岡川脇の満開の桜の下でガイドする。
この日のテーマは映画「日々是好日」余話

30年前も観光ボランティアガイドというものが北海道や飛騨高山といった地方の観光地にはあった。けれどもそれは嶋田さん(平成6~17年度まで会長、その後副会長、理事)が考えていた市民ボランティアガイドとは大きく違っていた。めざしたのは、横浜を知らない横浜大好き人間に、横浜を学んでもらい、その知識・見識をさらに横浜市民へと広めることだった。そのようなガイドを養成するため、カリキュラムを組み、講座を立ち上げる必要があった。支援を得るために、行政機関に対して働きかけたものの、この考え方は「社会教育に反する」と言われ、理解されなかった。当時の社会教育法には学習することのみが記載されていた。また“ボランティア”は福祉の用語と認識されていた。ボランティアガイドの団体というのは東京にすらなくて、嶋田さんが描く「ガイド」という概念が形成されていなかった。前例がないものに行政は二の足を踏む。区、市、県、国の社会教育関係を渡り歩いて、説明して回った。ついに、説得につながる事例を示せたことで、中区役所の生涯教育の一講座としてスタートすることになった。
 平成4年(1992)12月の広報で「ボランティアガイド養成講座、30人募集」のところ60人の応募があり、その全員を受け入れて、翌年1月より第1期生の養成講座が始まった。この予想以上の応募者数を見ても、この時代になると、多くの市民が知識や経験を発揮できる場を求めていたことがわかる。

3.研修期間は2年間

横浜シティガイド協会のガイドとしてデビューするには2年間の研修期間を経なければならない。まず約3か月の養成講座に始まる。これは前述のように、公募(広報・新聞やチラシなどで募集)で集まった市民に対し、横浜研究の学者・専門家たちが様々な角度から横浜の歴史や文化について行う講義を受講、並行してまち歩き学習が行われる。暫くしたのち、約半年間の研修講座が行われる。そこでは、講座、グループ学習、テキスト作成、マップ作成など、ガイドとして必要な技術を身に付けていく。その後は、実地のガイド研修となる。ここで、先輩たちから問題点を指摘される。資料は準備万端か、道順は頭に入っているか、聞き手に届く声量でわかりやすく説明しているか、時間通りに進められるかなど。こうした手順で訓練していくと、全体で約2年間の研修期間となる。横浜シティガイド協会では、2年間の研修期間が終っても、その後「ガイド」と「研修」は車の両輪として継続して行われる

立ち上げ当時の養成講座は横浜市やともしび財団、現在では県の関連組織(かながわコミュニティカレッジ)と協力して行われ、講座修了後は、今では市内各地にあるボランティアガイド6団体の一員となる選択肢がある。約半数が横浜シティガイド協会へ入会希望するという。

4.ガイド育成の素晴らしい循環、ガイドと研修は車の両輪

ここに素晴らしい循環がある。流行りの言葉ではサステナビリティ(持続可能性)というのではないか。養成講座で学んだ後は、先輩ガイドから指導を受ける。現在13期生までの会員がいるが、新人会員たちは先輩会員の手厚い指導を受け、一人前のガイドとなれば、後輩会員の育成に従事することになる。「三日、先生をしたら止められない」という言葉があるが、実際もその通りで、先輩会員は熱心な指導者としても活躍している。この循環がしっかり出来上がっていることで、質の高いガイドの輩出が可能となっていると思われる。
 ガイドと研修は、どちらかが欠けても、うまく進められない。常に学び、常に地域へ還元するのが横浜シティガイド協会のガイドの基本であるという。

5.行政機関等との連携とボランティアガイドの全国的広がり

平成5年(1993)6月からの第1期生の研修講座(養成講座後の研修)は市の都市計画局の地域まちづくり推進事業の助成金で講座などを実施、最初のマップを印刷することができた。11月には「横浜市まちづくりフォーラム」に参加、様々な形で、様々な部局と関わっていくこととなる。平成6年(1994)3月には、最初のガイドを実施することができた。メディアから注目され始め、NHKをはじめとして当年度19回もシティガイドのことがメディア関係に取り上げられた。同年7月、「市長と語る会『わが町横浜の魅力』」に参加、当時の高秀市長と懇談した。以降も、「まちづくりフォーラム」「市長と語る会」には参加要請されている。翌8月には、会の広報誌「ヨコハマパンチ」を創刊。これは幕末期に居留外国人向けに発行したワーグマンの『ジャパン・パンチ』(日本最初の漫画雑誌)に因んでいる。
 平成7年(1995)に入ると、行政と協働するボランティアガイドという概念が定着しはじめ、それにともなってマップ作り、テキスト作りなども急速に進み、全国的にも広がりを見せていった。
 平成8年(1996)10月、「地域紹介・観光ボランティアガイド全国大会・横浜大会」がインターコンチネンタルホテルで開催された。これはいわば日本で初めてのボランティアガイド全国大会であり、その第1回がここ横浜で行われた。それは何と言っても横浜シティガイド協会の存在と活動によるものである。平成9年(1997)7月、かながわボランティアガイド協議会(その後、かながわガイド協議会と名称変更、県内ガイド団体のネットワーク)が発足、嶋田さんが副会長となる。以降のシティガイド協会の活躍は華々しく、ガイドの養成・研修、数多くのガイドの実施、地図づくり、講座づくり、書籍発行など、様々な形で県や市の部局といった行政機関と協働して進められた。また、観光施設、学校、企業との連携も増えていった(例・平成8年、岩崎学園と養成・研修講座の実施)。さらに修学旅行、横浜での大規模イベントでのガイドなど、ガイド対象が拡大・多様化していき、実績が積み上げられて、各分野から数々表彰されるようになった。(一番下の表彰一覧を参照)

6.法人化へ、そして、開港150周年に150コースの達成

平成15年(2003)2月には特定非営利活動法人(NPO)となった。この法人化は当初からの目標であり、会は単なる行政機関の下請け団体ではなく、独立した活動主体となるために必要なことだった。平成17年(2005)には、当時の中田市長の要請により、「かながわ検定・横浜ライセンス」(ご当地検定 2007~2017)を始めるにあたり、その受け皿として要請され、嶋田さんが初代会長となり、横浜ボランティアガイド協議会を立ち上げることとなった。

横浜開港150周年(2009年)では、従来のコースのほか、横浜市内の全駅からスタートする150のコースづくりが進められた。会員たちは自身の労力・気力を注ぎ込み担当地域のコースづくりに励んだ。横浜開港の中心部へのJRの最寄り駅・関内駅からは、「横浜もののはじめコース」「横浜レトロな建物コース」「横浜トワイライト夜景コース」などが実施され、多くの市民や観光客に楽しんでもらった。 平成21年(2009)には、会員が足で歩いてまとめた150コースの原稿を神奈川新聞が半年の間、毎日連載してくれることになった。新聞記事用に形を整え、月毎にまとめて提出し、無事に日程表通り連載することができた。
 その後、新聞記事に加筆修正を行い、平成22年(2010)4月に横浜シティガイド協会編著の『ぶらりハマ歩き』の初版が刊行された。会員お勧めの横浜市内のウォーキングコース全150コースが電車路線別に掲載されている。価格1,300円+税。

7.ガイド志望者たちの目標となった横浜シティガイド協会

約20年前ころ(平成10年~)から、各区などで生涯学習として「郷土研究」、「歴史散歩」の会の立ち上げのため講座が行われるようになった。行政側としては、それが退職者の地域デビューとなり、「まちづくり・地域おこし」につながるとの目論見があった。講座終了後は、有志者が団体をつくって活動を始めるが、その際、常に念頭に置かれたのが横浜シティガイド協会だった。その存在は輝かしく、ガイドに興味のある人にとっては、「ガイドといえば横浜シティガイド協会」であり、組織づくり、養成方法、ガイドコース、資料作りなど、すべてにお手本とされた。前例をつくったものの価値がいかに大きいかを物語っている。

8.書籍紹介「ハマの建物探検」

横浜シティガイド協会の会員が執筆・編集した書籍、雑誌、冊子、リーフレット・マップなど数多くある。そのなかの一冊「ハマの建物探検」(編者:NPO法人横浜シティガイド協会、発行:神奈川新聞社、2002年6月26日初版発行、1000円+税)を紹介する。これは神奈川新聞で平成12(2000)年1月から平成13年7月まで連載された『ハマの建物探検』が本になったもので、時代を超えて横浜を見守る、ロマンあふれる近代洋館建築72館を掲載、主に横浜市中心部の文明開化の後に建てられた建物が中心に紹介されている。各建物の紹介記事と写真は横浜シティガイド協会会員によるもの。こうした歴史的建造物は都市化の波にのまれ消滅危機にあるものもあるため、時代の証言者ともいえる建物の存在を記録に残しておくことはとても大切なことだ。まち歩きの専門家集団、シティガイド協会だからこそできる一般市民向けガイドブックである。
 この制作の土台は、以前からあった「ヨコハマ洋館探偵団」(団長・嶋田昌子氏)の活動である。嶋田さんは横浜シティガイド協会として神奈川新聞社に働きかけ、連載掲載を獲得した。記事を担当する各会員へは、「しっかりとテーマを追及し、あなただからこそ発見できることを書くように」と、求めたそうだ。

9.コロナ禍を乗り越え、さらに魅力ある横浜のまちづくりへ

ランドマークタワー・スカイガーデンに新たに設置された「空中散歩マップ」側面3画面に歴史や文化の動画、床には中心部の地図、動くと一緒についてくるYOKOHAMAマーク。
 「企画協力:NPO法人 横浜シティガイド協会、横浜外国人居留地研究会」との表記がある。
 ここには「横浜・空の図書室」もあり、横浜に関する一般書籍が充実している。平日なら座ってゆっくり本が読めそうだ。

コロナ禍においては他の団体と同様に、今まで通りの形での活動はできなくなった。ガイドする人数も半分に減らし、定例会・研修会などもリモート、オンラインという新たな方式を色々な形で試している。IT担当でもある大村副会長は、IT技術を駆使して、なんとかこの苦境を乗り切ろうとしている。まち歩きをオンラインで行うという取り組みもされている。だからと言って、ITを不得意とする会員をフォローすることも忘れてはいない。

コロナ渦中にあっても、会として成しえたことがある。ランドマークタワーの展望台「スカイガーデン」のリニューアル(2020年6月19日)に際し、横浜の歴史や文化をインタラクティブに体験できるよう年表、歴史的建造物、空中散歩マップなどがデジタル投影される展示づくりに協力し、収益にもなった。
 NPO法人横浜ジェントルタウンとの協力関係も長く、「触る地図」(バリアフリーマップ)作成に関する観光スポットの情報を提供したり、障がい者へのガイドも恒常的に行うなど弱者への配慮も考える団体である。
 しかし、やはりコロナ禍の影響は大きく、会員は減少傾向にあるという。活気を取り戻すために、現在、NHK大河ドラマの主人公で、2024年からの新一万円札の顔となる“渋沢栄一”なども取り上げて、話題性のある企画を提供し、横浜シティガイド協会の存在意義を示していく。これからも、ガイド活動、講座開催などを通して、さらに魅力ある横浜の「まちづくり・地域おこし」に貢献する活動を継続していくそうだ。

青天の渋沢栄一ツアー&講演

横浜シティガイド協会 基本情報(連絡先や企画コース、ガイド料金などの詳細などは公式ホームページをご覧ください。)
https://www.ycga.com/

項目 内容 備考
設立 1992年8月 来年が30周年
会員数 83人(2021.9現在) 当初は60人、ピーク時(2010)107人
ガイド養成 現在、第14期生養成講座を実施中 横浜ボランティアガイド協議会としてかながわコミュニティカレッジ
ガイド実績(1994~2020)) 延べ参加人数:181,334人
ピーク時(2007年)は参加人数11,763人
昨年度はコロナ禍のため、中止・延期などにより、447人の参加
ガイドの種類(詳細はHP) ・企画ガイド
・依頼ガイド
参加者の希望に合わせられるものも多い(要相談)
ガイドの対象 (料金等の詳細はHPを参照)
・個人・団体への一般向け
・学校関係(修学旅行・学習・研修など)
・旅行会社
・行政などとの協力ガイド
会員全員が参加する会合 月1回の定例会・研修会 研修会では、第一線の横浜研究家、著名人などが講演する。
ガイド以外の活動 ・「市民講座」等の講座
・書籍、マップ等の出版
・写真提供
・歴史・文化・イベント等の情報提供
主な表彰 ・神奈川新聞地域社会事業賞(1999)
・横浜市第1回横浜・人・まち・デザイン賞(2000)
・(財)横浜観光コンベンションビューロー「特別功労者賞」(2000)
・平成13年度まちづくり月間国土交通大臣表彰(2001)
・平成17年度 近畿日本ツーリスト創立50周年を記念した「地域ブランディング事業」のグランプリ大賞(2005)
・平成23年11月に第2回かながわ観光大賞の「受け入れ体制おもてなし部門」大賞(2011)
・平成24年度横浜文化賞(2012)
・NHK関東甲信越地域放送文化賞(2012)

以上

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